映画のウェブログ 「け」

23歳無職、自称映画ライター。本当に無職。

ネット=都会? 女性に限らず機会均等! 『シュガー・ラッシュ:オンライン』は全員の背中を押してくれた。

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男の子のプリキュアが誕生したことが大きく話題になりました。

 

エンタメは社会を映す鏡。性別は当人のパーソナリティを制限したりキャリアの選択肢を阻むものではない、というような新たな価値観はエンターテイメントにも色濃く反映され続けてきています。3年前の『マッド・マックス Fury Road』(2015)、翌年には『ドリーム』(2016)が。昨年なら『ワンダーウーマン』(2017)、そして今年なら『オーシャンズ8』とかですかね。どれも媚態なく女性の活躍を描いた作品ですね。(配給・宣伝はややアファーマティブな姿勢ではあるものの)

 

 

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こうした流れ自体、海外の実写映画・ドラマにおいては今やとりわけ珍しいものではないですよね。その一方で日本国内の2Dアニメーションは一歩後れをとってきていました。そんな日本のシーンに一石を投じることになるであろう作品の公開が控えています。12月21日(金)に封切りされる『シュガー・ラッシュ:オンライン』(原題:Ralph Breaks the Internet )。現代のエンターテイメントにおけるジェンダーを議論するうえで、きっと大きな存在感を放ち語り継がれるべき作品でしょう。

 

シュガー・ラッシュ:オンライン』は……

  • インターネットを通して
  • 地方格差を解消し
  • 女性の機会不平等を正し
  • のみならず全ての人間に可能性を与える

 

そんな映画でした。今日はこの結論に向かって書いていきたいと思います。

 

え?なに?
プリキュアもう「古い」んですか?!
インターネットは忙しいね。

 

最近の国内の話題に触れ直すなら、順天堂大学からローラ・青山の話にまで貫通する記事だと信じています。

 

 

 

 

 

1.これは明らかにヴァネロペの物語

誤解して欲しくないのは、本作は決してラルフだけの物語ではないということです。ラルフとヴァネロペの2人の物語であるし、むしろヴァネロペの物語だと言い切ったとしても贔屓目だと断罪されることはないはず。レースゲームのキャラであるヴァネロペが自身の腕前を発揮できる未来を選択できるのだろうか?というのが物語の大きな主題でした。まして2人が 男女の仲に結ばれるなんて話じゃないです。


試しに日本の字幕版予告を“計測”してみました。全体で2分23秒の予告編のうち、ヴァネロペ単独のシーンは48秒。つまり全体の約30%もの時間を彼女が独占します。翻ってラルフの単独シーンはなし。ラルフだけがフレームインしている瞬間こそありますが、彼が単独行動しているシーンは一切なし。

 

本編の登場の順番を見ても前作『シュガー・ラッシュ』でヴァネロペは28分頃にようやく登場しますが、今作『シュガー・ラッシュ:オンライン』ではド頭からしっかり登場してますね。

 

■ディズニージャパン、頼むよホントに

ディズニージャパンの広報はたびたび「ズレ」ていますが、今回は概ね誤差なく伝わっていたと思います。

 

ベイマックス』をハートウォーミング一辺倒の物語だと誤解させたり、『モアナ』のポスターから彼女の相棒であるマウイの姿が消えていたり。ポスターから足を伸ばし邦題にまで手を伸ばすなら傘下マーベルはこの手の話題に一切事欠かないので心配でしたが。この点はセーフといったところ。「バトルロイヤル」, 「リミックス」といた的外れの片仮名が肩を並べたりもして、Guardians of “THE” Galaxy じゃないの?なんて冠詞の議論をするなんて、まあ夢のまた夢なんじゃないかな。

 

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公式PRからさらに下層フェーズの地上波テレビとかだと、愛想の尽きる大衆的な広告に辟易としてしまうかもしれません。

でも作品だけは些細なことで無視されては欲しくないと願っています。

 

シュガー・ラッシュ:オンライン』は子供向けのファンタジーだけど、決して子供騙しじゃない。

 

公開後には「大人にしか分からない(親日的な)カメオ出演」もまた話題に上ることは容易に想像できるのですが、それだけじゃないです。そんなこと「だけ」に浮かれているわけにはいきません。

 

これはヴァネロペが自身の未来を――そして私たちの社会の未来を――切り拓いていく映画だったんですよ。

 

2. 「ディズニープリンセス」の逞しさが何よりものメッセージ

 

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 メッセージへのキーは勢揃いするディズニープリンセスです。


劇中、彼女たちは阿吽の連携を取りながら、各々の特殊技能を駆使したアクションを見せます。この様子はまさに「アベンジャーズ的」と書かざるをえないです。一時期に日本のTwitter で流行った「エルサ最強論」「プリンセスの能力最強論」みたいな悪ふざけを公式が地で体現。プリンセスが非常に力強く、逞しく描かれています。ここで特筆すべきはアベンジャーズを差し置いてアベンジャーズの役割を担ったということ。

アベンジャーズよりもアベンジャーズ

『シュガーラッシュ』の舞台はゲームの中の世界。前作で登場したストリートファイターパックマン、など数々のゲームキャラが本作でも健在。ピクサー作品同士でのカメオ出演など見劣りしてしまう華やかさです。『レディプレイヤー1』に並ぶお祭り騒ぎ。スマブラの絶ゆることない人気から鑑みても、オールスター・ショーの非日常感は国境とか関係ないんでしょうねきっと。いや、むしろスマブラ(64版のリリースは99年)由来の発想だったりするのかな?

 

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閑話休題

 

こうした作風の中、制作・配給の関係から傘下スタジオで制作された『スター・ウォーズ』や『アベンジャーズ』のキャラクターまでもがシュガーラッシュの世界のステージに上がります。それはもうテンション上がります。アイアンマンから、今は亡きスタン・リーまで。

 

――にも関わらず「アベンジャーズ的」な役割を担ったのはアベンジャーズではなくディズニープリンセスたち。自らが判断し、自らの意思で、自らの能力を発揮したのはプリンセスでした。

 

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予告編でも表現されていたことですが「プリンセス」はもはや庇護されるべき存在、選ばれるのを待つだけの存在でありません。こうした先進的な思想が脈打つ近年の作品に『ズートピア』(2016)、『モアナ』(同年)などが挙げられますね。実写ならフェミニストとしても第一線で活躍するエマ・ワトソンが主演を務めた『美女と野獣』(2017)なんてのも。今に始まったことではないですが、本作もこの意思を継いで女性の力強さが示されました。

 

なお、『シュガーラッシュ:オンライン』に登場するその他の主要なキャラクターたちはいずれも女性です。

 

3. インターネットで選択肢が広がった

※この項には結末に関わるネタバレを含みます。予めご了承ください。

 

これはこの企画のお手本の1人の藤原麻里菜さんが書かはったことに近いんですけれど、この映画は「インターネットで選択肢が広がった」というお話です。

fujiwaram.hateblo.jp


4年前の前作『シュガーラッシュ』とは打って変わって、スタンド・アロンの据え置きゲーム機からWi-fi を通じてインターネットの世界へと飛び出すことで物語が始まります。

 

元来レーシングゲームのキャラクターであるヴァネロペ。彼女は新天地・インターネットで衝撃的な邂逅を経験。ドライバーとしての技能を活かし、自分を楽しませながら他人に貢献できる魅力的な場所を見つけるのです。

 

■ヴァネロペは「戻らない」

そして驚くことに、ヴァネロペは結局インターネットの世界から元の世界へ戻りません。

「出征、そして凱旋」という神話的類型にまったく当て嵌まらないのです。彼女はインターネットの世界で新たな道をみつけ、自分のための仕事を手に入れる。そして遂には、そこに留まるという決断をするというわけ。

 

前作の『モアナと伝説の海』(2016)と比較してみましょう。マウイと一緒に出征したモアナは、彼とともに島へ帰還。マウイから航海術(=職業のスキル)を習得したモアナは、島での生活を否定します。島の仲間たちと海を渡り歩く刺激的な毎日を主体的に選択しました。

ところが後続の『シュガー・ラッシュ:オンライン』は、さらにその数歩先を走ります。

 

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ヴァネロペは元の場所へ戻りすらしないし、ましてそれまでの環境からたった1人で飛び出します。物理的な「場所」にも、家族や友人との「関係」にもとらわれることがありません。これがヴァネロペがモアナよりも大きく飛躍したポイント。

 

①インターネットを通じて
②主体的な選択で 自身のキャリアを切り拓いた。

 

というわけです。この姿は、現代の背中を押す大きな功績となったのではないでしょうか。

 

4. 地方格差の解消:照らすのは女性だけでなく


そびえ立つビル、ビル、ビル。
果てしなく伸びる線路、流れる人々。
Gメールの束が猛スピードで飛び、青い鳥の群れが空を覆う――。

 

目まぐるしく呼吸をする街。それがインターネットを訪れてまず最初にラルフとヴァネロペの望む光景です。その瞬間の2人の表情は明るく、好奇心に満ちています。

 

この世界で「インターネット」は明らかに「都会」の役割を担っていんですよ。前述の通り、ヴァネロペはネットを通じて高みを目指したわけですが、であれば彼女は都会で可能性を拡げたとも換言できますね。であれば、以下のような解釈は容易いです。

 

これまで都会に生を受けなければアクセスできなかった秘密の選択肢は、インターネットが可視化した。 

 

……ということ。

 

都会と地方の障壁は完璧に崩れたと断言しているように僕には見えます。

この映画が照らしているのは女性だけではないらしいですね。腕さえ立てば誰でも世に出ることができる。そんなメッセージが込められていると思いました。なんたって運転なんて「腕」じゃないですか。

 

■デメリットも? 相対的なら優劣は付く!

劇中では誰も語りませんでしたが、ヴァネロペの成功例は裏を返せば「実力がなければ評価されない」ということです。

ウッ……少々腰の引ける言説……。まあ冷静に考えればそうですよね。世の中、誰しもが主人公じゃない。そして能力は相対的なものなので、残念ながら比べれば必ず優劣がつきますよね

しかしこれはトレードオフ関係。評価される土俵にすら立てない時代に比べれば、幾分フェアだと考えるしかないです。相対評価の社会では誰もがヒーローになれるわけではないということには留意して欲しいですね。

「大いなる力には大いなる責任が伴う」のが世の常でしたが、自らの無力にも責任は伴う社会が来るかもしれない。こうした側面こそありますが、とかくディズニーは誰にとってもスタートラインが均一な世界を理想としているみたい。

 

5. さて、日本はどう?

 『シュガー・ラッシュ:オンライン』は、ジェンダー・都市に関わることなく主体的な未来の選択が可能な社会を提示しました。さて、それでは日本映画もとい日本社会はどうでしょう?

 

「ポストジブリ、ポスト宮崎は誰か?」という問いへの明確なアンサーが出ていないのが今の日本のアニメ映画シーンの現状。つまりは、ついこの間までは「宮崎駿ジブリ」が大きな存在感を放っていたということですね。

 

宮崎駿の女性像は必ずしも “今の”時代にフィットしているとは限らないですよね。例えば湯屋で、例えば箒に跨って、しっかりと働いていることは確か。でも、そこに伴う主体性は非常に希薄であることを忘れてはいけません。

 

5年前には高畑勲の『かぐや姫の物語』(2013)が公開されましたが、解放の脈流は続きませんでした。細田守湯浅政明などの台頭により消費されるだけの女性キャラクターの出現は減ってきてはいます。とはいえ、たとえ本筋でなくとも作中どこかに必ずラブコメ要素が存在するはずです。

 

最も主体的に自らを切り拓いているのは押井守監督の攻殻機動隊シリーズに登場する草薙素子くらいでしょうか。ジェンダレスな精神性のキャラです。ミレニアム期の市場力学に強いられた不要な肌の露出は消費的と断言せざるをえませんが、それも次第に時代に寄り添ってきている印象です。

 

■いまの日本ってどう?

現実の日本にも忘れず目を向けましょう。


日本国内では緩やかながらも確実に女性が活躍する社会が形成されつつありますが、一方で東京医科大学の入学試験をはじめ未解決の問題も山積み。最近で言うと順天堂大学とかね。

 

しかし、社会全体がこの鈍痛を感知・共有し、膿の場所も特定しつつあります。あとはギャップを埋めるだけ。時間こそかかるけど、もはや不治の病ではないみたいです。そして『シュガー・ラッシュ:オンライン』もまた社会の変容の一助になったはず。断言しましょう、これはきっとただの頓服じゃないです。

 

6. とにかく

まあ、なんかコムズカシーこと書いちゃったかもしれないけど、最悪何も考えなくたってジューブン面白いので見てください。
なんか大事なことを書き忘れてたけど純粋に滅茶苦茶面白いです!!

 

ちなみに僕は『シュガー・ラッシュ:オンライン』としてではなく、台北で『無敵破壊王2』として鑑賞しました。

 

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やりすぎた外貨キャッシングの額を見ても我慢してた僕でしたが、シネコンで死ぬほど泣いてました。異国で泣くポイントそこ?

 

とにかく楽しい映画でした。まだの方は是非見てください。

――で、余裕があればこの記事にあるようなことにもちょっっとだけ目を向けてみてください。

 

僕らの毎日なんて高の知れた狭い世界ですが、it's a WIDER world くらいにはなかもしれません。

 

 

 

 

 ◇著者近影

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