映画のウェブログ 「け」

23歳無職、自称映画ライター。本当に無職。

映画における音楽は衒学的であるべきか否か?

今回は映画における音楽の話。

 

最近見た映画で言うと『脱脱脱脱17』なんかが印象的でした。

komestroke.hatenablog.jp

 

劇伴も当然あるけど、歌詞付きの音楽も少なくないんですね。というのもこの作品、2016年のMoosicLab出品作品なんですね。

 

The peggies北澤ゆうほが役を演じながら時折歌ったりもしている(リップシンクなのか否か、技術的な面はさておきとして)。

 

 

super boy! super girl!!

 

 

歌詞付きの曲はどうしても「ここでこの曲がかかっているということは……もう分かるよね?」というようなある種の衒学的な振る舞いをしてしまいがちなのですけれど、Moosic自体がそもそも映像作家とミュージシャンが互いにフックアップしあうという企画なのでこうした曲の使い方は当然出来ません。(音楽がどメジャーであったり、歴史的意味を帯びた権威的なものではないため)

 

すると「こういうシーンだからこういう音楽が歌われる」「心情や状況に沿った歌詞とメロディ」というような順当な、ある意味で原初的な音楽の誕生の瞬間のような表現に繋がります。

 

僕みたいな虚業の側の人間からしてみたら「実はこの音楽は……」とか書けるほうが有り難いんだろうけど。これはこれであるべき形だなあと思いました。

 

 

タイトルの問い「映画に置ける音楽は衒学的であるべきか否か?」に改めて答えるならば以下。知らない(笑)

投げやりになるつもりはないが「どちらでも構わない」といった具合ですね。

 

結論が空洞でナンセンス。かなりブログ的な文字の羅列になりましたが、「ブログなんだから」という所に今日は甘えることにします。

 

 

おわり

 

 

 

 

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