映画のウェブログ 「け」

22歳無職、自称映画ライター。本当に無職。

思春期直前のオトコが一番怖い --時に暴れ馬と化す愛馬阪急今津線--

世間は師走だというのに寝てばかりいて過ごしています。

 

ひとつも仕事をしたくないので手慰みに文章を書きます。タイトル通り「思春期直前のオトコが一番怖い」というお話です。

 

そもそも僕は電車が嫌い。もともと閉所恐怖症のケがあるし、人間が密集していることに対する嫌悪感がスゴイ。AV見ながらご飯食べてるみたいな気持ち悪さに陥ります。いやしたことないけどさ。東京の電車とか意味がわからない。あの嫌悪感に加えて「圧」という絶対的に数値化できる物理的な不愉快が全方位から押し寄せる。なんだあれ。こちとら心も身体も弱いんだ、やめてくれ。人生ゲームの車ですらもうちょい余裕もって乗ってるってのに。スノーピアサーの世紀末列車の最後尾だってもう少し余裕あったよ?

 

そんなわけで僕は阪急線を愛馬として乗り倒している。

 

木目調の内装、グリーンのシート、沿線から覗く景色は住み慣れた京阪神。終電ですら他人と肌を触れ合うほどの乗車率に達することはまずない。大阪のどの地下鉄より京都の地下鉄より、近鉄よりJRよりも心地よい。京阪も悪くはないが、京阪は何となくセカセカしている気もする。

 

 

そんなわけで僕は阪急が好きだ。されど愛馬も時に暴れる。それは夕方の今津線

 

 

関学、聖和の学生に加えて各地域の中高生が殺到する。さらには西宮北口の学習塾へ向かう小学生も少なくない。

 

西宮北口門戸厄神、甲東園、仁川。たった4駅の区間が地獄と化す。

 

小4~中2くらいのオトコ。本当に怖い。怖すぎる。怖くないですか?

 

本能的で生来的な加虐行為。不必要に大きな声。制服で均一化されることで際立つそれぞれの美醜。育ち盛り特有の独特の匂い。

 

車内で繰り広げられる政治的対立、あるいは肉体的な衝突。

 

普通に見ていて悲しい気持ちになる。こんな過激な光景、どう考えてもR18でしょ!と叫びたくなるのだが困ったことに出演者スタッフが揃いも揃ってアンダー18どころかアンダー15。なんだこの矛盾。狂い咲きサンダーロードか?

 

マナーが悪いとか、そういうことが言いたいんじゃない。子どもは遊べるうちに遊べばいい。好きにしたらええ。

 

ただ前述の彼らは半分は子どもであって、もう半分は子どもじゃない。小さな身体に隠しきれないほどの悪意。いっちょまえに性欲があったりなんかもする。

焼肉は好きだけど、牛の死体はなるべく見たくない。どちらか一方にして欲しいが、現実はどちらも同じ牛なわけで。

 

 

「教育」がそれを解決するかというとそうでもないらしい。

 

電車通学をしている中学生、西北の塾へ通う小学生。

これはつまり中学受験をして私立の学校に行く子どもたちです。

 

深く刺さったエリート意識は膿んでしまうとタチが悪い。

 

「自分は私立に行く」「受験をする経済力がある」意識的にか無意識的にかそういったことを自覚する。

 

彼らは平気で職業差別を口にするし、弱者に対する手加減がない。

 

日々トレーニングを積んでいる彼らの言語能力は他の子どもよりも幾分か高く、しっかりとした言葉と論理で辻斬りの如く目に入る弱者すべてをぶった切る。桐島の東出とか11歳くらいの時絶対こんなんだったよ。多分。(なんで毎回毎回映画の例えをしているんやろ。しゃらくさいね)

 

こないだ婚活の人が「なんで30にもなって海外行ったことないの?」って炎上してたけど、これもその類。何なら悪意のない方が深く鋭く刺さるのかもしれない。世間を知るうちにこういう考えは適宜修正されていくべきで、その経験不足こそがあの炎上の核にあるものだと思うけれど。

 

 

どうしようもないことだと思う。ニンゲンが人間になるまでに必ず通るグラデーションの時期なんだろう。

 

だからこそ怖い。この普遍性が怖い。どうしようもないことは、僕にはどうしようもできない。どうしようもないのだから、どうしようもない。どうにもしようがない。

 

彼らを通して僕はニンゲンが秘めている本来備わった醜い部分を否定できなくなる。相手が子どもだからこそ、悪意の純度は高い。自分もきっとこうだったし、何かのきっかけでまた野蛮な存在に戻ってしまうかもしれない。

 

怖い。怖すぎる。

思春期直前のオトコ、怖すぎる。

 

 

 

今度はそんな僕を全部愛してくれる、それでいて適度にひねくれた可愛い、それでいて豊満な女の子が怖い。

 

 

あ、あと熱いお茶ね。伊藤園のほうじ茶で良いよ。それからカルディ―の甘い紅茶。薄めて飲むやつね。あとミロ。それから、それから………